公演情報
≪ コンサートスケジュールへ舘野泉ピアノ・リサイタル「ゴリゴリいこう!」
| タイトル | 舘野泉ピアノ・リサイタル「ゴリゴリいこう!」 |
|---|---|
| 日時 | 2008年10月17日(金)7:00PM開演(6:30PM開場) |
| 会場 | 札幌コンサートホール Kitara小ホール |
| 料金 | 5,000円 ※全席自由・税込・会員割引なし |
| 曲目 | 末吉保雄:いっぱいのこどもたち(世界初演) |
| リンク | 舘野泉公式HP |
| コード | [Pコード]297-076 [Lコード]15076 |
2004年、2年半に及ぶ苦闘の日々を不屈の精神でのりきり、「左手のピアニスト」として見事に復帰、新たな世界へと踏み出した舘野泉のために、今、第一線の作曲家が次々と優れた作品を発表、ピアノ音楽の歴史を変えるといっても過言ではない動きが広がりつつあります。
今回のリサイタルでは、アコーディオン奏者として知られるcoba、アイスランドの俊英マグヌッソン、古くからの友人である末吉保雄、そして舘野ファンにはお馴染みのノルドグレンという、4人の作曲家が舘野泉のために「ゴリゴリ」と書いた新曲初演をお楽しみいただきます。
「これまでの膨大なレパートリーは、なくなったのではなく、蓄積されているのです。」と穏やかな表情で語る舘野泉の音楽は、何時も変わることなく温かく人間味に溢れ、聴く人の心に忘れ難い刻印を残し続けております。
ゴリゴリ書いている・・・・・
舘野 泉
「いま、舘野さんに頼まれた曲をゴリゴリ書いている」。
cobaさんのホームページにあったというその文章を友だちから聞いた。5月下旬にcobaさんから譜面が6頁届いた。まだ完成譜ではなく、とにかく曲が出来たところまで。なるほど、ゴリゴリ書いてある。ずんずんと腹に響くような低音の響きから、縦横無尽に最高音から最低音までを駆けめぐる無頼漢ぶり。ひと目で惚れこんだ。
6月の初旬。完成して手元にある譜面は一曲しかない。アイスランドのソールデュル・マグヌッソンのピアノ・ソナタである。二つの楽章で構成され、第二楽章は変奏曲形式。なんだかベートーヴェンの最後のソナタみたいだ。いっぱいの音がうごめき、ぶつかりあい、これもゴリゴリという感じ。ダイナミックの表示は一切ない。“音に聞いてくれ”という感じか。まだ40歳ぐらいの、寡黙だが熱い心をもった環境保護運動の闘士。その肉体のうごめきと強い眼差しが感じられるようだ。
末吉保雄の《いっぱいのこどもたち》もまだ楽譜は貰っていない。でも、揺るぎない信頼感はもっている。同じ年齢の我々が、長い人生をともに生き抜いてきたからだろうか。藝大でも同級生で、いや、それより前の戦後の混乱期に、同じ先生のもとでピアノを習っていたから? その頃の彼は半ズボンをはいていた? なんだか分からない。かつてはこどもであった、その心をいつまでも忘れていない。彼はそういう人なのだと思っている。
ノルドグレンには40年近くの間、たくさんの曲を書いてもらい、それを世界中で演奏してきた。何枚かのCDにもなり、楽譜も刊行された。ある意味で、“彼は僕の中で生き、僕は彼の中で生きている”のだと思う。小泉八雲の『怪談』にもとづいた曲をたくさん書いてもらった。彼が苦手だといっていたピアノのために、はじめて書いたのが《耳なし芳一》。これは現代ピアノ音楽のひとつの傑作だと思う。2004年、僕が左手のピアニストとして歩み始めた時に書いてくれたのが、左手のためのピアノ協奏曲《死体にまたがった男》。だが、今度の委嘱作(まだ一音も出来ていない。作品は作曲者の心の中で眠っている)は、どちらからともなく、純粋な、音そのものによる音楽でいこうと決めた。長い人生の歓喜と苦渋に満ちた歩み。喜びと哀しみに希望と諦めの念がないまぜになって、滓のように浮かび沈む。けっして分かりやすい音楽にはならない。でも、なげださないで、耳を傾けてください。
分かりやすい人生なんて本当はないのでから。
一昨年に設けた「左手の文庫」(募金)に多くの方々が支援を寄せてくださり、そのお陰で今度の演奏会が実現した。厚くお礼を申し上げたい。ピアノという既存の楽器にこだわらず、左手の音楽が、ひとつの新しい楽器による、十全な音楽の表現形態だという、そのことが理解されるようにと願う。

![[PDF:表面]舘野泉ピアノ・リサイタル](concerts/img/081017_a.jpg)
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